(それぞれの話は繋がっていないのでご了承ください)
1・香里の作るチョコ
バレンタイン前日…
「ね〜、香里はチョコ誰にあげるの?」
名雪は全く気兼ねすることなく親友である香里に対してこんな問いをした。
本命はいない、と分かっている癖に…と呟きながら、香里は律義に答えを返す。
「別に……誰にも」
「え〜? じゃあ祐一とか北川君に義理チョコは?」
「………」
多少、考えてから香里は口を開く。
「じゃあ……相沢くんと北川君に猫チョコをあげようかしら。中には凝縮したイチゴソースを詰めて……」
「……え?」
「そう、相沢君の口に猫の頭が入り、そしてゆっくり舌でその一部が溶ける。そしてそのまま鋭い歯が耳を砕くのよ。ポリッ…ポリってね。そこから出てきた赤い液体は多少黒ずんでいて、唇を少しだけ染める。もう猫に成す術はない。ただ、ゆっくり自分が失われていくのを感じながら……終わるのよ」
「だ、だめっ!!」
「あ、だめ? じゃああなただけあげればいいじゃない」
そう言って香里は立ち上がった。
……一言の言葉を付け加えておいて。
「たった一個の本命を、あなたがあげればいいのよ、それで相沢君は」
2・秋子さん特製チョコ
お母さんがチョコを作っている。
祐一にあげるらしいけど……何だか気になるので見に来た。
「あら、名雪。丁度良かったわ。見て、これ」
「ん?」
見ると、鍋の中に溶かしたチョコがある。ちゃんと丁寧に湯煎してあるのは、さすがだと思う。
でも…その右側には、確かに黄色いジャムがある。
「ど、どうしたの?」
やっぱり材料に入れるだろうなーとは思ってたけど…
「それがね、名雪」
スプーン一杯のジャムを、チョコの上に落とす。
……シュシュシュ
ブクブクブクブク……
ジュワワワワワワ……!
「…………」
なんかもう、擬音語だけじゃあ説明しきれないほど大量の泡だらけ。
化学反応が起きてるみたい。
「どうしたらいいと思う?」
どうしたらって言われても……。
化学反応を起こす物質をわたしがどうにか出来るわけはないよ……。
とりあえずわたしが渡す前に祐一に死なれたら困るので、それだけは止めようかな、と思う。
「発想を変える、っていうのはどうかな?」
ジャムはやっぱり入れるべきじゃないもんね、うん。
だけどお母さんの言葉は想像していたものと違った。
「ありがとう、名雪。そうよね、何で思い付かなかったのかしら。発想の逆転よ!」
「えっ!?」
お母さんはジャムの瓶を湯煎にかけはじめた。
「〜♪」
そして待つ事数分。暖まったジャムに、チョコを入れ始める。
ドボドボドボッ!
……泡は発生しない。
「あら、落ち着いたみたいね」
(むしろチョコがジャムに飲み込まれたって感じだよ……)
その証拠に、色はジャムの時と全く同じオレンジ。
チョコを入れた事なんか言われても気づかない。
(ごめん、祐一。わたしには……守れなかったよ)
明日、一人の少年の人生が終わる。
わたしの心の中には、そんな確信があった…
3・美坂姉妹から
「……相沢君っ」
バレンタインの日の昼休み、欲しいパンがあったから一人で買いに行った帰りに、香里が俺を呼び止めた。
「何だ? 義理チョコでもくれるのか?」
義理でももらえる事に越した事はない。
「そうよ、はいこれ」
見ると、香里の手にはやけに大きくて薄い包み紙。
なんか形が想像出来ないんだが…
「開けてみていいか?」
「どうぞ」
ガサゴソ……。
パンパカパーン!!
「なっ!こ、これは!」
中のチョコを見て、俺は驚愕した。
大きくて薄い、といったが、実際の量はわずかだった。大きなリング型のチョコだったのだから。
「これは……」
「リングチョコよ」
リングチョコ……この形に意味は?
「これをどうしろと?」
「投げるのよ」
事も無さ気に簡潔に冷徹に教えてくれる。
「……投げて?」
「戻ってきた所をジャンプして口にくわえて食べるのよ」
……悲しかった。
香里よ。予想以上の物を作ってくれたな……。
そして香里と別れ、教室へ戻ろうと廊下を歩いてると、また見知った顔に出くわした。
「よう、栞」
「あ、祐一さん。丁度良かったです。バレンタインのチョコです」
と、栞の手を見てみる。さっき香里が持ってたのと似たような大きさだ。
まさか……と思いながら受け取る。
「開けてみていいか?」
「どうぞ」
ガサゴソ……。
パンパカパーン!!
「なっ! こ、これは!」
またわっか型のチョコだった。いや……多少香里のより大きくて投げにくそうだ。ってそんなんじゃなくて。
「香里のと同じかよっ!」
ちょっとショック。
栞なら香里より良い物をくれると思ってたのに…。
すると、栞は心外だ、とばかりに頬を膨らませる。
「一緒じゃないですよー」
「……どこが?」
大きさが、とか言ったらさすがにキレるぞ。
「ほら、よく見てください」
「ん……?」
良く見てみる。すると、確かに違いはあった。
輪にさらに小さなリングが5つほど……。
「…………」
「ジターリングチョコです」
「変わらん」
わー、ひどいですー、と言う声を無視しながら、俺は教室へ向かった。
すると、栞が何かを思い付いたのか、「祐一さーん」と極めつけに叫んだ。
「ビターのジターリングチョコですよー!」
……寒かった。
4・人斬り抜刀斎?
舞や佐祐理さんにも出会った。
……別に俺から会いに行ったわけではないので誤解しないようにして欲しい。
「あーっ、祐一さん、こんにちはーっ」
「…………」
「よう、佐祐理さん、舞」
いつも通りの二人だが、手には何やら雑誌がある。
どうやらお菓子作りに関する本のようだ。
「何か作るんですか?」
「はい。祐一さんにチョコをあげようって話をしてたんですけど、変わったチョコないかなって」
俺に、とストレートに言ってくれるところがまた佐祐理さんらしくて嬉しい。
……義理だと分かってしまうのは悲しいけど。
「で、何かサンプルは出来たんですか?」
「ある事はあるんですけど…」
佐祐理さんは舞に目配せをする、それを合図に舞は鞄から一つの箱を取り出した。
「……これ」
愛想無く、というか照れているのかもしれないが、とにかく舞は箱を一つ渡してくれた。
とりあえず中を開けてみる…。
「どうですか?」
「……ふえーっ」
ぽかっ!
舞からのツッコミを受けてしまう。そんなに佐祐理さんの真似がダメダメだったのだろうか?
見ると、佐祐理さんも何だか悲しそう(侮蔑の表情にも見えたが違うと思いたい)だ。
……ちょっと悲しい。
まあ、それはともかくとして問題の中身だ。
赤い包み紙だったが、中は黒い箱。黒い箱にチョコがぎっしり詰まっていたのだ。
…それこそ隙間無く。
「で、何が変わってるんですか?」
「……爪楊枝を使えば分かる」
舞が言うので見てみると、確かに蓋の裏に爪楊枝がテープでくっつけてある。
その爪楊枝で何をすればいいのか分からないが、とりあえずチョコを刺してみる。
すると……
スポッ!
「!?」
やった、とばかりに佐祐理さんが悪戯に成功した子供のように笑う。それでも悪意をあまり感じないから不思議だ。
そう、チョコが抜けたのだ。しかもまったく隙間が無かった筈なのに……一つの奇麗な真四角の欠片が。
「どういう事です…?」
説明を求めてみる。
佐祐理さんは相変わらず微笑むだけ。舞もしばらく黙っていたが……何と急に口を開き始めた。
「鋭い最高の刃を最高の剣客が操った時の素晴らしさは目を見張ると言われている。それで野菜を二つに切って、すぐにその野菜の二つの切り口を合わせてみると、完全にくっついてしまうと言われている。細胞を完全に元に戻すなんて非化学の極みかもしれないけどね。で、このチョコもまったく同じ方法。私は最高の剣客じゃないし、使った剣は佐祐理の家にあったものだから高価とはいえ最高でもない。だから完全には切り口同士が繋がる事はなくて、それであんな見た目にはくっついたように見える結果になった。さらに黒い箱に入れれば隙間も目立たなくなるというわけ。……どう?」
……舞の精一杯のマシンガントーク。
このチョコの作り方よりもそっちが気になった。
……ちなみにその後、ルービックキューブチョコを貰った。いくら何でも、と思ったのだが見せてくれた。
舞の剣の制御力は抜刀斎より上だ、と俺は確信した。
5・永楽?
商店街を歩いてみる。ちなみにあゆに出会う事は期待していない。むしろ嫌(酷
それはともかく、俺は見知った殴りやすい後頭部をしている少女と頭の触り心地が良さそうで日が当たるとふわふわしそうな髪の少女を見つけた。
「よう、真琴、天野」
呼ばれた二人の少女は、すぐにこっちを振り向いた。が、真琴はすぐに逆の方向を向く。
「どうしたんだ?真琴」
別にこの程度じゃどうしたんだってほどでもないが、一応聞いておく。すると天野が意外な事を教えてくれた。
「…バレンタインを意識しているんですよ」
「は? バレンタインを?」
「少女漫画には多いですから」
なるほどな…現実のバレンタインが分からないという事か。
確かに少女漫画では大抵本命チョコをあげてたり、普段モテない男の親友君が急にチョコもらったりするからな。本命が普通、という考えもあるのかもしれない。
実際世の中には義理すら貰えない人間も一杯いるんだけどな…。
「ほら、真琴」
天野が呼ぶと、ぴくっと真琴が体を強張らせる。……ほう?チョコをくれるのか?
ゆっくり振り向いてから、真琴はポケットの中に入ってた袋を取り出す。
「い、言っとくけどねっ!これは本当に義理だからねっ!!絶対に義理だからねっ!!」
「へいへい、分かってるって」
確かに「義理」とか言いながら本命を貰うっていうケースも多い。
まあ関係ないけどな……と俺は袋を開けてみる。
どんなチョコかな…と思いながら中を見ようとする、がその前に俺は重要な事を思い出した。
(待てよ……真琴も料理出来ないんじゃ……)
あゆと違い、実際に駄目だったというのを経験したではないが、それでも容易に想像が付く。
だとしたら…どんなチョコが入ってるのだろうか?
俺はおもむろに中のブツを取り出した。
ガサッ!
「何でやねーん!!」
俺はツッコんでおいた。
「少しうるさいですよ、相沢さん」
「これが落ち着かずに居られるかっ!」
……真琴のチョコは創作チョコだった。ここが注目点で、手作りチョコでは無い。
と、いう事は元々あるチョコを利用したという事になる。
では何を利用したか?真琴が肉まんが好きな事からも想像出来たかもしれない。
とことんお金が必要なこいつが、高価なチョコを買うわけが無い。
さらに、隣には天野。
そして創作チョコである事。
これから結論を導く事は難しいが、結果から証明する事はとても簡単だった。
「…………」
呆れるしかなかった。
そりゃそうだろう、5円チョコの穴に糸を通して繋げただけなんて…
こんな物を真琴が独自に考えるわけが無い。
間違いなく…天野だ。
「天野」
「はい」
「これはおばさんくさいどころじゃない。既に古めかしいぞ」
「酷いですね……」
古めかしい以外に何も言えない。それは天野自身分かっているのか、何も言わない。
これ以上何も言えないので、しょうがなく俺は道を再び歩き始める事にした。
「真琴、サンキュな」
騒がれると嫌なので、これだけは…心にも無い事ではあるが言っておいた。
何で5円チョコ推定25枚にありがとうと言わなければならないんだ、と言いたいくらいだ。
5円チョコの可も無く不可も無いあの味を25枚分も味合わなければいけないのか…
それを考えると、俺はため息を出さざるを得なかった。
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