2月2○日 金曜日
「ふう……暇だな」
俺は手に持っていた漫画をベッドの上に放り投げた。
たまに買って来てもすぐに読み終わってはあまり意味が無い。
学校に行ってみると、今日は校長の父親の従兄弟が風邪でうなされているから学校は休みらしい。
ちなみに本当の理由は先生たちの宴会があるから、と佐祐理さんが言っていた。
……平和な街だ。
(そういや今日の昼ご飯どうするんだ……?)
秋子さんは仕事に出かけている。いつ帰ってくるのか俺が知る由もない。
(まあ、名雪がいるんだから何とかなるだろうけど)
「で、これは何だ?」
「昼ご飯だよ」
食卓の上には鮮やかな色の食べ物が並べてあった。
やはり黄色というのは眩しいくらい鮮やかだ。
「目がくらむぐらい眩しいな……あっ、めまいがしてきた。部屋に戻る……」
「逃げちゃダメだよ〜」
服の端を名雪に引っ張られる。
「けどな……これは無茶だろ」
食卓の上に並べられていた物。
たくあんが茶碗の中に積まれてて、その上に小さくて黄色い細かい物が降り掛けられている。
さらにその横のコップには黄色い液体。
「…………」
「どうぞ、祐一」
「……俺、なんか名雪に悪い事したか?」
昔から名雪は俺の事を脅迫してきた。こういうメニューのご飯が嫌だったら、と。
「別に何もしてないよ」
「じゃあ何でたくあんだらけなんだ?」
「たくあん、おいしいよ」
いただきます、と言って名雪は箸でたくあんを口に運ぶ。
本当にたくあんだけで食うつもりなのか……?
「……って、おいっ! それについてる赤い物は何だっ!!」
「え? イチゴジャムだよ。」
…………。
こいつは本当にイチゴジャムでご飯3杯食べれる奴だったらしい。
俺は確信した。
一度謎ジャムとイチゴジャムを混ぜて食えるか試してみたい物だ。
「祐一? どこ行くの?」
「ちょっと冷蔵庫に」
冷蔵庫を見て来て何か取って来る事にした。たくあんだけよりマシである。
「……まあ、こういう時はこうなるんだろうな。」
見事に冷蔵庫の中は空だった。お約束、である。
「そしてそれでも中を探してみる俺もお約束だな。」
とりあえず必死に中を探ってみる。そしてお約束シリーズ(謎)は最終段階に入った。
「おっ!! これはジュースかっ!?」
中にどうしてかは知らないが隠れていたジュースを見つけた。
そしてバッと取り出して天に掲げる。
そして意気揚々と俺は食卓に戻って行った。
「なにも無かったよね」
「いいや、あったぞ」
俺は名雪に向かって見つけたジュースを突きつけた。
「どろり濃厚いちごジュース……」
……は?
「食事時に飲むものじゃないよ、これ」
ものすごーく心配そうな顔で俺を見る。
いちご好きの名雪がそんな顔するほど濃厚な味なんだろうか。
だがたくあんの絞り汁よりマシである。
「まあ、とりあえずいただきます。」
俺は箸を持ち、とりあえず食べようとした。
「……ってちょっと待てっ!! コンビニに買いに行けば良い事だろうがっ!!」
今まで気付かなかった自分を恥じながら俺は立ち上がった。
「待って、待って!!」
そしてまた名雪に服の裾を引っ張られる。
「とってもおいしいたくあんなんだよ〜、食べてよ〜」
…………。
「つまりなんだ、名雪はこのたくあんを前から持っていた。で、今日ちょうど食べる物が無い。だからコンビニは思い付いていたけど俺に食べさせるために教えなかった、と」
「うん」
「じゃあな、名雪」
「わ、待ってよ〜」
「なんでそんなにそのたくあんにこだわるんだ!」
「だってわたしが作ったんだもん」
…………。
「だったら話は別だ。食う。」
俺は潔く椅子に座った。
別に名雪のためじゃない。
俺は名雪の作った物ならなんだっていい、少なくともそう言えるようになりたいんだから。
「祐一、優しいね」
「そんなことない。自分に正直なだけだ」
俺は茶碗を左手に、箸を右手に構えた。
茶碗の中には大きいたくあんが何個かあって、その上にふりかけの様に細かく刻まれたたくあんが乗っている。
特に意味はないが、普通にたくあんを注いでいないこと。
それは名雪のさりげない心遣いなんだろうか。
それとも俺の考えすぎなんだろうか……。
「祐一?食べないの?」
「あ、ああ……食べる」
箸でつまんだたくあんを口の中に入れる。
もぐもぐ……。
もぐもぐ……。
……ごくん
…………。
「どうだった? 祐一」
…………。
「うまい」
「ほら〜。言った通りだったよ!」
確かにうまかった。
はっきり言って今までに食べたたくあんの中でダントツ一位にうまかった。
今までの常識をくつがえすぐらいうまかった。
「だって……祐一が食べる物だもん。……わたしの本気だよ」
たまに心の底から嬉しい事を言ってくれるな、名雪は。たまに恐い事を言うけど。
……ん? 俺が……食べる物?
「えーと……なあ、それいつから漬けていたんだ?」
俺がこの街に来たのは1月の始め。来るのが決まったのはそれより少し前だが、どっちにしろ2ヶ月ないはずだ。
「えーと、1月の二十……何日だっけ?」
…………。
「それだけの時間漬けただけでこんな絶品が生まれるのか?」
「そうだよ。お母さんが作り方教えてくれたの。」
秋子さんおそるべし、だ。
「それからもう一つ気になってたんだが……どこの大根だ? これ」
名雪が作った、といっても大根まで作ってるわけじゃないだろう。
「近所の佐伯さんから貰ったの」
誰だ?
それにしてもここまで雪が降る街で大根を作る。
そしてその大根からはこんな絶品が生まれる、と。
……もしかしたら俺は今、束の間の奇跡の中にいるのかもしれない。
「もしかしたらたくあんの店が出せるかもしれないな」
「そんなにおいしかったんだ。……すごくうれしい。祐一のために一生懸命作ったかいがあったよ」
たくあんで何故か良い雰囲気になってるし。
しかしいくらおいしいとはいってもご飯無しなので少し厳しい物があった。
よって俺は必然的に濃厚いちごジュースに手を伸ばす。
「あ……」
ドクドクドク。
…………
「すごい喉ごしだな。だよもん星人もびっくりだ」
「うん。わたしも飲んだ時びっくりしたもん」
俺はパックを少し見てみた。『どろり濃厚シリーズ好評発売中!!』
「こんなの好んで飲む奴いるのか?」
「いるんだからわたし達の目の前にあるんだと思うよ……」
違いなかった。しっかし一度そいつを見てみたいものである。
その後も俺達はこのたくあんを食べながら談笑した。
(……そういえばただ談笑するなんて無かったかもしれないな)
特に何かをするわけでもなくただ会話をする。
すごくのんびりした……。
ある意味一番俺達にとっていい時間なのかもしれない。
そう考えると名雪の作った物はそのきっかけを与えてくれたのだから……。
(ま、腹は減るかもしれないけどな)
……平凡な日常
……幸せな毎日
そんな中で暮らしている俺達
それをずっと大事にしていこう
それがきっと……
一番大切なことだから
「……道徳だな」
「どうしたの?」
俺はボーっとしていたらしく名雪はこっちを心配そうに見ている。
「別に、何でもないぞ」
「もしかして……今幸せだなーとか考えてたりするかな?」
俺は返事をしなかったが代わりに笑った。
名雪も笑った。
ガチャ……。
そして……玄関が開く音がした。
「あらあら、楽しそうね」
そう、楽しいのだ、今のこの瞬間が。
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