蝋燭が二つ、机の上にある。
それは温かくて。柔らかく辺りを照らす。そんな光。
その場を唯一照らす、光。
その光は、部屋を、机を。……そして机の上に伏せるようにしている、少女の髪を照らしていた。
「はあ……」
一つ、溜息。
少女はほんの少しだけ横を向いている為、同じくほんの少しだけその表情を見る事が出来る。
それはどちらかというと負の思考をしている時の表情。
辛さとか。
悲しみとか。
切なさとか。
そんな物を感じている時に、人が示す表情。今の少女は、まさにそれだった。
「…………」
また、わずかに顔の向きが下に移り、表情が髪に隠れる。
灯の光が髪を、日を浴びているかの様に美しく照らす。
蝋燭の前で、まるで何かを偲んでいるかのような行為は、その表情に似つかわしかったのかもしれない。だけど。
その蝋燭の色は白のような色ではなくて――赤、黄、青といった原色で、カラフルな作りになっていた。
それは、そう。
例えば。少女――天野美汐にとっての今日のような。
誕生日を祝う時に使うような、蝋燭。
――無機質で温かい祝福の光――
美汐は顔を上げて蝋燭を見つめる。
机の上に置いてあるのは、蝋燭と、一口だけ口にしたショートケーキ。そして、何故か携帯電話。
一般的には、誕生日は楽しく過ごすというイメージがある。家族とか。友人とか。恋人とかと共に。
そして美汐も、恋人こそいない物の、もし知っていればきっと祝ってくれる、そして楽しく過ごせただろう人を、人たちを知っている。
だけど、その人たちは美汐の誕生日を知らない。
――いや、嘘を教えたのだ。美汐が。
それは今日から3日後。……それは“あの子”が消えた、その次の日。
「……っ」
自分の誕生日を祝ってくれた、その2日後に消えてしまった“あの子”のことを覚えている。
2日後には消えてしまうというのに、そんなことも知らず、自分の誕生日を祝ってくれた、“あの子”のことを覚えている。
そして一緒に喜んで、「ありがとう」って言った自分を覚えている。
二人を覚えている。
“あの人”に会って、少しは美汐は前を向くことができた。
だけどまだ――こんな思い出の日は、つい、こんな事をしたくなることもある。
“あの人”にも介入されたくない日。例え、祝福という形であろうとも。
それが言葉通り、3日分の遅れを生み出す、後ろ向きの行為であったとしても。
でも。美汐は思う。
それでもやっぱり、素直に祝ってもらいたがっている私がいるのだ、と。
何故なら目の前には、携帯電話――人との繋がりがあるのだから。
あまり好みでない物を、文明機器だなんだと言われて、薦められて、半強制的に買わされた物。
それでも意地で、出来るだけ地味な物を、地味な設定にして、思いきり笑われた物。
そんな物を見つめている自分を、美汐は誤魔化す事は出来なかった。
ショートケーキの生クリームをほんの少し指ですくって、舐めてみる。
――甘い。
当たり前の事に、美汐は何故か心地よさを感じた。
脳を休ませてくれるような。揺りかごのような。そんな心地よさ。
もう時間は遅い――あと少しで日は変わる。
美汐の生を祝福する日は、また長い間訪れなくなる。
せめて。
あとほんの僅かな時間でいいから。
今日、夢の中だけでも、“あの子”に会いたい。そう思いながら、美汐は顔を伏せて目を閉じた。
――ふいに、拍子で蝋燭の灯が消えた。そして美汐は、夢の中へと誘われた――
────リン
ひとつ。
オルゴールのような音がした。
そして、静かな、柔らかい、美しい音色が聞こえ始めた。
それと同時に僅かな光が生まれ、蝋燭と同じように小さい範囲を照らした。そして美汐を照らした。
閉じられた瞼を通して、その光は美汐にも伝えられる。
夢へ向かった意識とは別に、わずかに一握り残された意識が、その音を聞く。
夢の中で、僅かな幸せを思い出している少女への祝福の光。祝福の音色。
例え無機質であろうとも。普段は嫌う光や音であろうとも。確かにそれは、美汐を祝福していた。
夢の中で、大切だった時間、思い出の中で舞う彼女の、舞踊曲、スポットライト。
小さな光や音は、夢と現実の狭間を通り抜け、そして彼女を包み込む。
――誕生日、おめでとう――
日が変わるほんの少し前に送られてきた、たった一言のメール。
美汐はまだ、それに気付くことなく眠る。そして無機質な光と音は――それでも温かいメッセージを知らせようと、流れ続ける。
その日は一人でありたいと願った少女への、それに気付き、だけど生誕を祝福しようとした少年からの言葉を。
不器用さが生んだ僅かな一時は終わり、そして日は変わる。
光も音も静かに止んで、再び部屋は闇一色になる。
そして残されたのは、穏やかな表情を覗かせて眠る少女と。
朝を待つ、たった一つの言葉だけ。
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