Sponsored Link








 「ある男の一生」









 「なあ、ちょっとついてこいよ」
 そう言われ、その男の子はとことこ後ろを歩いていった。
 そして相手が指差すところに向かってゆっくり足を踏み出す。

 ズボッ 「うわっ!」

 「いやーい、引っかかった引っかかった!」
 見事なまでに単純な落とし穴だった、しかしその男の子は普通に引っかかってしまった。
 彼は忘れない。自分を落とした男の子の憎らしげな笑顔を。
 彼は忘れない。自分が泥の混じった水の中にいる屈辱を。
 
 彼は…忘れなかった。相手への恨みを…。





 その数十年後のある深夜。


 「ふははははぁぁぁぁぁ!!!」
 ある屋敷から、男の大声が響いた。
 それはすぐに止み、そしてまたその住宅街は静かになった…。


 そして朝。
 彼はいつもの習慣どおり、自分の屋敷の前にある公園を見た。
 それを見ると、彼は昔の思い…そして自分の目的を思い出すことが出来た。
 あの時の…憎しみも、ついさっきの事のように。
 「おのれおのれ、おのれ甍大輔! 今こそ我が本気の力を見せてやるぞい!
  あの時、オレにした行為への復讐…目に物を見せてくれる!
  見よ! 我が科学の結晶! 今こそ完成したり、恐怖の回転廊!
  いざ…」
 「んー…何か完成したんですか? 松平教授ー…」
 「おお、徳家副教授! 良いところに! これが我が最高傑作だ!」
 「…見た感じ、偽者のUFOですが」
 「そんなちゃちなものではなぁい! これは我が生涯をかけた復讐の道具…いや、兵器なのだ!
  この中心部を軸に周りが回転することにより、下に掘り続いていく…自動ドリルだ!
  一般に存在するドリルでは大掛りだったり、安定性にかけるが、これはその場できちんとに掘るのだぞ!」
 …まあ、それは効率的かもしれないが。
 「で? 何に使うんです?」
 「これをその場にセットするとどうなる?」
 「…蟻地獄でしょうね」
 「そうだ! これを砂場にセットしておけば、スイッチ一つで子供たちはどんどん下へ!
  そのまま奈落の底というわけだ!」
 「その行為に何の意味が…」
 「馬鹿もん! オレは子供の頃、あいつに…甍の奴に落とし穴に落とされた!
  それも水の混ざった奴で…引っかかったオレを散々笑ってくれた!
  あの苦しみを…せつなさを! 今こそ子供たちに思い知らせてやるのだぁ!!」
  完全に方向性が変わっている…というか歪んでしまっている様だ。
  徳家副教授もついていけないらしく、そのまま部屋(寝泊りしているらしい)に戻っていった。
 「くくく…見てろよぉ!? 今こそ! 我が復讐の時は来れり! いざ…」
 「さっきからうるさいよ、あんた!!」
 「……」
 ふと窓を見ると、近所のおばさんが本当に迷惑そうに彼のほうを睨んでいた。
 そして「ふんっ」と声に出しながら、窓を閉めた。
 「…くそぉぉ!!昨日の夜は迷惑だろうから止めてやったのに、今叫ぶなというのかぁぁ!」←小声
 彼のイライラはピークに達した。
 「これも…全て奴のせいだぁぁ!! 見てろよコンチクショォォ!!」←あくまで小声
 イマイチ乗り切れないまま、彼は屋敷を出た。




 「ふふ…砂場に仕掛けてやればガキ共が来るな」
 本当に学生を教える立場にある教授なのか(まあ教授も人間だが)という台詞と共に、装置を砂に埋める。
 遠隔操作可能、馬力は普通に店に売っているドリルの数百倍。
 それでいて大きさは一般のレコード程度である。
 少し深く埋めておいたため、誰にも気づかれないだろう状態にして、彼は子供たちが来るのを待った。
 「ふっ…来た来た…」
 2人の子供とそれぞれの母親らしい女性2人が、その公園にやってきた。
 大人たちはベンチへ、子供たちは…
 (来た!我が地獄への誘いの地に!)
 思惑通りに砂場で遊んでいる。作っているのは砂のお城。
 (ふん…それらを壊されるとも知らずに無邪気なものよのぉ…いざ!)
 ピッ ウィィィン!!
 ポチッとスイッチを押す、と同時に鋭い回転音が砂から響いてきた。
 そして2人の子供はまるで蟻地獄にはまっていくかのように埋まっていく…かのように見えた。
 「なにぃぃ!?」
 彼は驚愕の声をあげた。無理もない、何故なら子供たちは砂を浴びてこそいるものの少し埋まっただけなのだ!
 中央のドリルの効果で横の砂が盛り上がる。と同時に中心の砂が横にずれる。
 そして中央に穴があく…はずだった。
 しかし、ただでさえ小型な円盤型ドリル、砂の盛り上がりは小さな空間でおさまる…つまり傾斜が大きくなったのだ。
 ゆえに砂の滑りが思った以上に速かったのだ。
 それでも小さな物なら数百メートル下に沈んだだろう…が、子供2人を埋めるにはあまりに穴の幅が狭すぎた。
 「くそっ! 失敗かっ!!」
 原因を考え、どこを作り直そうか考えながら、彼は屋敷に戻っていった。
 …ので、子供たちの「犬のフンが掛かったぁ!」という泣きそうな声を聞くことはなかった。
 ある意味復讐は成功していたというのに。←方向は違うが


 その時…様子を一部始終見ていた男がいた。
 そして呟いた。
 「この道具…使える」
 男はそのまま、屋敷の中に入っていった。


 彼は土木業に関わる政府の役人だった。
 松平教授の円盤型ドリルは、普通のドリルに比べてかきあげる能力や安定性が高い。
 これを使って、固い土地の土を簡単に崩していこうという事を考えたのだ。
 範囲が狭いことは、円盤式で安定性がある事を利用してコマの様に回らせればよい。



 そして、松平教授は土木業で名を知らぬ者はいない人物となった。
 彼の発明は意外と画期的であり、土木以外にもいくつかの分野で使われた。
 石油や…温泉などの発掘の簡易化など。
 そうするうち、彼の中の甍大輔への憎しみは小さくなっていった。
 今の生活に満足するようになっていったのだ。
 栄誉のある賞を授与されるという話まで出てきていたのだ、当然だろう。


 だが、この生活も長く続かなかった。
 まず、相変わらず土木業の道具として使われていたとき。
 それは考古学的に価値のある物を跡形もなくこなごなにしてしまったのだ。
 さらに農村に耕す道具としてこれが広まると、もっと酷い事となった。
 機械に対しとても知識の薄い人が使ったり、また個人で使ったりしたため管理がおろそかになったり。
 その結果、種を蒔いた所まで吹き飛ばしたり、放っておかれた機械が暴走して野菜をこなごなにしたり。
 その年の農作物は前年の80%程に減ったといわれている。
 そして、世間の野菜のねだんの高騰に対する不満、農村の人間で収穫が殆ど出来なかったところの不満が爆発。
 政府も食糧難を認めているので、彼を保護するわけにもいかない。
 当然賞も贈れない。
 彼は…そのまま世間からはじかれる存在となってしまった。
 被害賠償を取られて…借金を負いながら。




 彼はベンチに座っていた。
 落とし穴に落とされた公園。
 復讐を誓った公園。
 この場所を見るために…目の前に屋敷まで買った公園。
 その屋敷は、もうとっくに無くなっていた。
 今までの栄光はもう無い。
 彼に残されたのは、自分という存在のみ…。
 「……あ、雨だ……」
 ベンチの上に、砂の上に、男の上に降り注ぐ雨。
 今までの自分を考えると、あまりに似合いすぎる哀れな最後だった。
 もはや…彼は疲れきっていた。

 …ザッ
 気がつくと男の目の前に、別の男が立っていた。
 微妙に膨らんだ頬と、それに似合わない高い鼻。
 間違い無く…昔彼を落とした相手だった。
 「よお、落ちこぼれ」
 以前の彼だったらその言葉に対し殴りかかっていたかもしれない。だが、そんな気力は彼にはもう残っていない。
 「いやぁ…、俺が金融政策関係で仕事をしてたらなんかお前の話が出てくるじゃん?
 懐かしい奴だなぁとか思ってたらこれだろ?ご愁傷様だね」
 新調されたものであろうスーツの男は、嫌味な台詞を次々と吐いていく。
 それでも彼の心の中は、憎悪で満たされることは無い。
 「ああ…そういや、昔この公園でお前を落とし穴にはめた事があったな〜」
 ピクッと、その言葉にだけ反応する。
 「覚えて…いたのか……」
 「まあな。あの時のお前は傑作だったからなぁ。俺がした悪戯では一番よく覚えてるさ」
 そう言いつつ、遠くを見るような表情で、男は砂場に足を運ぶ。
 「俺を信用して、何も知らずにこの砂場に歩いてきたよな?」
 「………」
 「そして…」
 「………そこだ」
 「ああ…ここに足を踏み入れたよな?」
 男の足が、砂の上に乗る。


 あの時。
 男の子は穴の中に落ちた。
 そして…今。


 「うわぁぁぁぁぁ!!」
 ヴィィィィ…という音と共に、男は叫び出した!
 まるで穴に落ちる様子をスローモーションで再生したかのように…彼の姿はだんだん下へ移っていく…!
 ドリルが…彼の足の裏を。足首を。膝を腿を。
 腰を。腹を。胸を。首を。口を。鼻を。目を。額を。…頭を!
 彼の全ては削られ、その場には赤い土があるだけだった。
 …まるで、穴の中に隠れて見えなくなったように。


 やがて機械は止まり、再び雨の音だけが響いた…。


 それは、一生を自分に費やした主を、侮辱した者への制裁だったのかもしれない。
 例え歪んでいても、作成主なのだから。
 誤作動…という言葉では、説明出来ないタイミングだった。




 復讐は成し遂げられた。
 だが、男はそれを見ていない。
 自分の目の前での男の終わりを見ることなく、彼は眠りについた。


 彼の死に顔は穏やかである。
 その理由が、これからやってくる安楽への喜びなのか…
 目的のために費やした生涯に満足しているのか…
 復讐を成し遂げたという事を、死の寸前に知ったのかは…誰にも分からない。





TOP  SSINDEX