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牛丼系物語・つゆだく編




 某月末日。
 舞と俺は一緒に吉○家で牛丼を食べていた。
 牛丼を食べ始めてからのこいつは、全く俺の事は気にしない。
 少しナーバス。
「しっかし、もうちょっと上品に食べろよな? 舞」
「……箸だから」
「いや、食いにくいのは分かるけど」
 ここの牛丼はいわゆる『つゆだく』だ。
 上品に食べてたらそれこそ汁だけ残ってしまうくらい。
「スプーンで食うわけにはいかないしな…ま、いっか」
 コクリと頷く舞を横目に、俺も牛丼をかきこむ。
 やはりうまい。
 そうこうしているうちに、俺たちはほぼ同時に牛丼を食べ終わった。
「……祐一」
「ん? どうした舞」
「……ちょっと気になったことがある」
「ほう」
 食後の休憩を兼ねて、話を聞いてみる。
「祐一、確か汁の多いのを『つゆだく』って言ってたけど……」
「ああ」
「だったら『汗だく』ってそんなに汗が出てるの?」
「……ふむ、どうだろうな」
 少なくともここの牛丼ほど(汁2・米3・具1)ではないだろうが。
 語源を考えると、つゆだくは『だくだく』浸ってるから。汗だくは『だくだく』流れてるからって所だから違うような気はする。
 まあ、とりあえずいい暇つぶしのきっかけにはなりそうだ。
「それじゃあ確かめてみるか?」
 そう言いつつ、俺はレジに向かうため立ち上がった。
 舞も慌てて俺についてくる。
「……どうするの?」
「要は汗だくになってる奴を見つければいいんだろ? 任せろ、当てはある」
 俺は右手の千円札をかざしてニヤッと笑ってみせた──




「うぐぅ〜!」
 某所。もとい商店街。
 本日もあゆは大変危険な状態にあるようだ。
「舞、あいつを見てみろ」
「……走ってる」
「ダッフルコートの下はセーターの筈だ。ミトンもある。相当暑そうだろう?」
 下はキュロットと寒そうだが、汗をかいてもらうという目的には何の影響もない。
「そして、あそこにはたい焼き屋の親父がいる」
 普段は温和な親父だが、食い逃げされては黙っていられまい。
 あの状態のあゆなら相当汗だくだろう。
「あっ、祐一君!?」
 あゆもこっちに気づいたらしく、ぱたぱた羽を揺らしつつこっちに逃げてきた。
 あゆが直線運動をしてきたので素早く逃げ、こけそうになっている所を掴んで走る。
「えっ、えっ?」
 あゆは何も分からないまま俺たちに連れ去られる事となった。
「どうせ食い逃げしたんだろ? 走るの手伝ってやるよ」
「うぐぅ、違うもんっ」
「じゃああの親父の形相をどう説明するんだ?」
 こんな他愛ない会話をしながら、適度にあゆの全力疾走程度のスピードで走る。
「うぐぅ、祐一君速いよ〜」
「馬鹿、あゆが走れる程度に抑えてるんだよ」
 ……自分で走らないと汗かかないからな。
「それにどこに行くの?」
「あの親父に見つからないような場所だ」
 ついでに他の人にも見つからないけどな。舞の希望で。
 うむ、俺って策略家。


「はあ、ふう、疲れたよぉ……」
 あゆのスタミナが切れた辺りを見計らって、俺は人気のない所に入った。
「ここ、どこなの? ……ってあれ、その人だれ?」
 と、今更あゆは舞に気づく。
「牛丼愛好会の会長、川澄舞だ」
 ビシッとさりげなくチョップがくるが、気にせず続ける。
「実はあゆに協力してもらいたい事があってな」
「えっ、牛丼だよね?」
「(コクリ)」
 そう言うやいなや、舞は素早くあゆのダッフルコートを外す。
 そして、そのままセーターに手をかけ……
「おい、人気がないところとはいえ脱がすのはまずい。ていうか俺もいるのを忘れるな」
「……そうだった」
「えっ? えっ?」
 よく状況を掴めてないあゆをよそに、舞はあゆのセーターをしっかりと掴む。
 そして、ギュッと絞るようにセーターを強く握った。
「わっ! な、何してるのっ!?」
 服の内側と外側から握ったから少し肌が見えるが……まあ、そのくらい良いか。
 とりあえず舞の望み通りあゆのセーターからは汗が多少ではあるが滴り落ちた。
 けっこう力あるからな、含まれた水分の殆どを絞ったんだろう。
「うぐぅっ、寒いよ〜」
 一瞬とはいえ肌が露出したせいだろう、あゆは急いでダッフルコートを着なおした。
「ねえ、祐一君……」
「『汗だく』は『つゆだく』と比べてどの程度『だくだく』してるのかの実験だ」
「うぐぅ……だくってる……」
 まあ、あゆはどうでもいいから放っといて。
「舞、結果は?」
「……少ない。汗だくはつゆだくに劣る」
「そっか、じゃあ満足か?」
「……(コクリ)」
「よし、じゃあ行くぞ」
 俺たちはそのまま去ろうと……
「うぐぅ、待ってよ祐一君っ」
「ちっ、やっぱ駄目か」
 そりゃあいきなり限界まで走らされてセーターに手をかけられ(俺が止めなきゃ脱がされてた)水分を絞られたらな。
 いくらあゆでも文句の一言くらい言いたくなるだろう。
「まだ何か用か? 俺たちは『だく』の真実が分かったからもういいんだが」
「祐一君が良くてもボクは良くないんだよっ」
「……そうか、実は私たちもよくないんだ」
「へっ?」
 ふと顔を上げてみると、そこにはどっかで見た親父の顔…
「……たい焼き屋さん」
「……うぐぅ」
「バ、バカな!? 確かに撒いた筈なのに!」
「……それはな、ワシが協力したからじゃよ」
 今度は後ろから声がしたので振りかえってみる。
「あ、あんたは……吉○家の爺!?」
「ふっ……ワシもな、追ってきたんじゃよ」
 な、何のためだ? 代金はちゃんと払ったはずだ!
 だったら……まさか、舞!
「舞っ! お前、なんで汗だくがつゆだくに劣るって思ったんだ!」
「……比べたから」
 そこには、『比べてごらんっ♪』とばかりに置いてあるどんぶりがあった。
 ちなみにあゆの汗入り。何かうぐぅ。
「返せば済む……という問題じゃないわなぁ……?」
「私も、せめて半分くらい返してもらわないとねぇ……?」
「う、うぐぅ!」
「……ぽんぽこたぬきさん」
「お、俺は何もしてねぇ〜!!」




 吉○家での無給労働はけっこう疲れた。
 どうやらあゆもたい焼き屋で無給労働らしい。
 しかも、この仕事中にあまりの牛丼に囲まれた舞はさらに牛丼を極めようと思ったらしい。

 はっきりいって今回のような出来事は出来れば勘弁願いたい。
 今度はあゆみたいにさらに被害を受けるかもしれない。
 それでも俺は……
 舞と共に牛丼道を突き進もうとするのだろう。




 ……舞を大切に思うがゆえに。

 いや、むしろ面白そうだからか。









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